プロローグ:「あの日の夢」
プロローグ:「あの日の夢」
(誰か…誰か助けて…!)
千夏は真夏の車道を駆けている。
足は鉛のように重い。
後から“あの男”が追ってくる足音が聞こえてくる。
しばらく走っているとふと、辺りが薄暗くなった。
後ろを振り返る余裕は無い。
“あの男”の足音はさらに近づいている。
(いやだ!やめて!来ないでっ…!)
千夏のその願いは最も望まない形で終わりを告げる。左手に痛みが走った。
“あの男”は千夏のすぐ後ろに立っていた。
(いや…いやだ…!)
目の前が真っ暗に染まる。口を塞がれ、目には手を当てられている。
(声が出ない…!誰か!誰か気付いて___!!)
「いやっ…!」
千夏は飛び起きる。いつもの自室だった。
(…また“あの日”の夢…か。)
息は荒く、じっとりと手に汗をかいていた。時計は早朝の3時だ。
まだいくらなんでも起きるには早かった。
(苦しい…)
持病の発作が起きかけている。
薬を飲む水を取りにリビングへ行く途中、母の寝室の電気がついていないのを見た。
千夏は少しほっとした。
(よかった…気付かれてない)
薬を飲んで再びベッドにもぐりこむ。
(…2年がもう経とうとしているのに…。
人は忘れることが出来ることがいいところだと誰かが言っていた。
だけど私はまだ忘れることが出来ないでいる。
“あの男”の顔も覚えていないのに。
あの風景、あの苦しみだけが記憶に焼きついている…。)
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