『どこへ行くの?』
『どこか遠いところ。
何もないところへ』
それが彼女と交わした最後の会話だった。
冗談だと思っていた。
まさか彼女がいなくなってしまうなんて。
俺は何もない空間を歩いていた。
ここはどこだろうか。
何もない。
夜空のようなものが広がる。
これは夢だ。
そう思った。
夢だと思いながら歩いていた。
――どうしましたか?
いつからいたのか。
目の前に少女がいた。
「…美咲!」
その少女を見て思わず叫んでいた。
「…すいませんでした」
――いいえ。
間違いは誰にでもあることです。
少女はそう答えた。
少女は何もないはずの空間に座っている。
俺も同じように向かい合っている。
何故間違えたのだろうか。
見れば見るほど少女は似ていないのに。
彼女…美咲には。
同じなのは肩を過ぎたあたりまで伸ばした髪ぐらいだろう。
――あなたはよほどその人の事が気になるのですね。
少女が口を開く。
「…!」
俺はしばらく沈黙していた。
「…俺は彼女のことをなんとも思っていなかった。
単なるクラスメイト。
いないと気になるけれどいても大して変わらない。
彼女もそうだったろう。
けれどその彼女が…」
息をつき、吸う。
「その彼女が…ある日行方不明になりました」
――そしてあなたはその少女の行方を知りたいからここに来た。
少女から発せられた言葉に驚く。
俺は何故ここにきたのか。
正直言って分からなかった。
ただ、眠っていたらここにいた。
――違いますか?
そう言われるとそんなような気がしてくる。
「…そうです。無理ですか?」
――いいえ。私は夢鳥。
人に夢を見せることが仕事。
それが他人の記憶だとしても。
きっとあなたが望む夢を見せます。
少女が手を向かい合わせると光の玉がそこに現れた。
――どうぞ。
俺がそれを手にとると俺の視界は白く染まった。
俺の頭の中に彼女の心の声が響いてくる。
『笑っていられることが強いことだと思う。
弱音吐かないで笑っていることが。
でも今、笑っていることがこんなにも辛い…』
どんな時でも笑っていた彼女の姿。
怒られても、調子が悪くても、泣き出しそうでも。
『音が聞こえる。
何かが崩れていく音。
心が壊れていく音が…』
カッターナイフを片手にする姿。
その手は赤く染まっていた。
『扉を閉じて。
窓を閉じて。
カーテンを閉じて。
記憶を閉じて。
心を閉じて。
すべてを閉じて楽になりたい…』
薄暗い部屋に独り座り込む姿。
その瞳は何も映していない。
『私は周りに迷惑をかけている。
私は周りを不幸にする。
だからみんな…私から離れていく…』
雨にひたすら打たれている姿。
『どこか…遠くに行きたい…。
何もない…。
誰にも迷惑をかけないところに…』
やめろ!
やめてくれ!
もういい…!
俺は声にならない声をあげた。
『どこへ行くの?』
俺の声。
彼女と交わした最後の会話。
『どこか遠く、
何もないところへ』
その左手には包帯が巻かれていた。
――私を止めて――
「やめろ!」
叫ぶと俺は何もない空間にいた。
頭が痛い。
吐き気がする。
――大丈夫ですか?
真っ青ですよ?
その声は俺を嘲笑っているかにも聞こえた。
しかし顔を上げると少女は無表情だった。
「彼女は…彼女は独りなんかじゃなかった…」
――そうですか?
少なくとも彼女はそう思っていなかった。
「でも…死ぬなんて。
…間違ってるだろう」
――あくまでそれはあなたの考え。
それに気がつかなかったんでしょう?
「…俺は…」
俺は本当は気付いていたのではないだろうか。
俺は彼女が無理をしていたのも。
血が滲んでいた包帯にも。
けれど口には出さなかった。
知らないフリをしていた。
心のどこかで俺は…。
「気がつかなかった…」
見捨てたんだ。
彼女のことを。
――そうですか。
少女は無表情のまま答えた。
――それではお眠りなさい。
あなたは私と違って…
俺は眠気に襲われてきた。
――帰るべき世界があるのだから。
少女の言葉を最後に記憶は途切れた。
こうして俺はいつもの世界に戻った。
彼女がいない日常に。
あの一晩の事は覚えている。
夢かもしれない。
けれど夢ではないかもしれない。
何が彼女を殺したのだろうか。
彼女の周りのもの。
それに彼女自身が彼女を殺したのだろうか。
それは道に咲く花のように目立たない殺意。
けれど確かに彼女を苦しめていたのだ。
―二〇〇四 五 三一 完―
あとがき。
やっぱり暗い。
すんません…。
今回のは自分自身が考えたことから構想が始まりました。
それは『遠いところに行きたい』です。
こう現実逃避してふわーっとどこか遠くに行きたく…。
でも行ける訳もなく。
そんな感じでこの物語ができました。
最近よく筆が進みます。
よいことではあります。
その理由が明るいネタではないのが気になりどころ…。
でも前回ハッピーエンド2本あげたので許してください(笑)
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