夜に咲く花

何もない空間。

それでいて夜が広がる。

ここは最後の夢を見る空間。

今日もここから少女が旅立った。

しかし私は納得のいかない思いを抱えている。

そんな時私は一人の少年を思いだす。

私は夢鳥。

死に行くものに最後の夢を見せる者。

名はＡＶＩＥ――。

そのときもいつものように空間に気配を感じた。

その気配はすぐに目に見えるようになる。

前方のぼんやりとした光をまとった人影。

それを見て私は少し眉をひそめた。

時にこの空間には生きている者が迷いこむ。

その人影もそうらしかった。

――どうしましたか？

姿を現した少年に話しかける。

特に際立って目立つような容姿ではない。

ただ、この年代の少年にしては少し背が高いだろうか。

「あなたは…？」

――私は死に行く者に夢を見せる。

　　夢鳥のＡＶＩＥと言います。

すると少年は空ろな目を少し明るくした。

――しかしながらあなたはまだ死んでいない。

明るい目はまた暗くなる。

――一夜の夢とともに元の世界へと…

「それじゃ嫌だ…」

少年は泣き出しそうな顔をした。

「夢鳥さん…俺を…殺してください」

少年は重い病で入院しているという。

「最初はほんの風邪でほっといたら治る。

　そう思っていたんです。

　学校も休みたくなかったし…でも」

少年は何もないはずの空間に座り直した。

私も少年の向かい側に座っている。

「日が経つにつれて体が言う事を聞かなくなってきて。

　だるくて。

　…一番好きだった体育の授業の時に倒れた」

少年は顔を伏せる。

「気がついたら病院でした…なんて。

入院してる間ももう出られないのかなって思った」

――それで何故死にたいのですか？少年は沈黙した。

――別に誰かにもう助からないと言われた訳ではないでしょう？

「…苦しいんです。

　発作の時のあの苦しさ…。

　いくら息を吸っても足りない。

　…いや、言葉でも現せない苦しみ。

　あんな苦しみがあるのなら死んだ方がマシだ」

少年は震える手を握り締めている。

――あなたが死んだら悲しむ人がいるのではありませんか？

「…分からない」

――分からない…とは？

「俺はいつも独りだった。

　親にも迷惑をかけてきた。

　こんなやつ、いない方がいいんです…」

――そんなことはないでしょう。

　　あなたの事を見守っている人がいますよ。

「…嘘だ。俺なんか…」

少年は顔を上げる。

「俺を殺してください」

――落ち着いてください。

　　…それではこうしましょう。

私は手のひらを向かい合わせた。

光の玉がその間に生じる。

――私が今から夢を見ます。

　　あなたが眠る病院の夢です。

　　それを見て、判断します。

少年はしばらく戸惑っていた。

数十秒の後にうなずいた。

――あなたの名は？

「…ヨク」

――わかりました…。

私の視界が一瞬のうちに白く染まった。

少年が目の前に横たわっている。

周りには何人もの人。

医者や看護婦だけではない。

ほとんどが…泣いていた。

『…脳死です』

医者の声がその部屋に響く。

――真実を…告げるべきだろうか。

少年は元の世界に戻っても話す事さえできない。

しかし少年の言う事とは相違があった。

私は何もない空間に戻って来た。

「どうでしたか？誰もいなかったのでしょう？」

私は何も言わなかった。

代わりに少年の首に手を掛ける。

――ヨク。あなたを殺します。

少年は驚いていたが静かに目を閉じた。

そしてその口に笑みを浮かべた。

――何故笑うのですか？

「あなたは…優しい人ですね」

首に掛けた手を止めてしまう。

――…いいえ。私は夢鳥です。

再び少年の命を奪っていく。

やがて少年のまとっていた光が消えた。

少年の体もだんだん消えていく。

そして最後に声が聞こえた。

『…ありがとう衣羽（いぶ）姉さん…』

気配が消えた。

――姉…さ…ん？

呼ばれた名を口にだす。

すると頬を涙が伝った。

その名で呼ばれた記憶はない。

感情も捨てたはずだった。

けれどそれはあとからあとから流れていた。

――ヨ…ク…？

今も時々思いだす。

殺してくれと言った少年。

自分を姉と呼んだあの少年。

――これで…よかったのだろうか？

少年は幸せになれたのか。

それは分からない。

この空間に広がる夜に咲く花の一つ。

それが彼なのかもしれない。

――二〇〇四年　五月十九日　完――

あとがき。

「咲く花」シリーズ。

これは前々からありました。

書き貯めてあるのですが今見て良さそうなのだけアップしようかな…

そして今回の話。これはキャラの名前と設定から思い付きました。

ヨクも漢字があります。

まぁ最後のほうで出てきた衣羽と姉弟関係だとすると…ですね。

しかし…やはり暗い。

明るい話書こう…

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