千鶴の告白、そしてある日の横断歩道にて

千鶴の告白、そしてある日の横断歩道にて



 季節は移り、千夏が下を向いて日々を過ごすうちに秋はすっかり冬に交代しようとして
いた。11月ももうすぐ終わる。千夏には季節の移り変わりさえ楽しむ余裕がなく、教室
では他人の恐怖に耐えるために本を読み続けた。部活では無駄口も叩かず___夕日とは
対比的であった___練習に取り組んだ。クラスでは必要なときのみ自分から口を開き、
必要な要点だけを聞き、最低限の会話だけを持った。話しかけられなければ教室では口を
開かない日もあった。『そんな生活を送っていれば確かに人形のように見えなくもないか
も知れない』とも思ったが直すことは不可能だった。
 そんななかで唯一千夏が自分から口を開く相手は後輩の千鶴だけだった。千鶴は誰にで
も人当たりがいいので信頼されていた。相談を受けることもよくあったようだ。千鶴は天
性の『聞き上手』であり、千夏もよく愚痴をこぼした。夕日は同学年でもあり同じパート
でもあったが、夕日の口の軽さを千夏はよく知っていた。相談のほとんどが千鶴の下へと
集まった。千夏にとっては千鶴はいなくてはならない存在となっていた。

 がちゃっ…
 もうすぐ12月になろうとしていたある日のことだった。千夏が部活のため音楽室に入
ると音楽室から準備室に通ずるドア___千夏の学校の音楽室には廊下と準備室につなが
る2つのドアがあった___の音がした。音楽室ではすでに毎日の必須である基礎合奏の
準備がはじまっている。しかし千鶴の姿は無かった。楽器だけがだしてあった。夕日は『図
書室に行く』と言っていたので夕日はいなくても心配はしない。千鶴と同じクラスの綾音
に聞くと「さっきまでいましたよ」と答えた。
(じゃあさっきのドアの音は千鶴?)
特に気にすることも無く千夏は練習を始めた。千夏は学生指揮者である。基礎合奏も進め
なくてはいけない。
 千鶴は基礎合奏の始まる直前に帰ってきた。
「千鶴、何処行ってたの?」
「えー何処でもいいじゃないですかー」
いつものすこしま伸びした声で答えた。
「そう…」
すこしの間目を伏せて一息つくと、千夏は基礎合奏を始めた。
「これから基礎合奏を始めます。まずは___。」
 その日の部活が終わっていつも早く帰る千鶴がさらに早く、しかも本当に会話する間も
無く帰っていったのに千夏は気付いた。それは次の日もその次の日も同じだった。千鶴は
部活が始まると同時ぐらいに来て、部活が終わった直後に帰るようになっていた。

「千鶴最近忙しいみたいだけど、なにかあるの?」
 ある日部活が終わってほんとに直後、2、3秒か後に尋ねてみた。千鶴は生徒会にも所
属している。遅刻という理由で怒るつもりは無い。しかし千鶴は部活にきていながらどこ
かへふらっと行ってしまうのだ。
「ちな先輩…まさか気付いていなかったんですか?」
いつも笑顔の千鶴が一変し、人を蔑むような馬鹿にしたような顔になる。そんな千鶴を見
て千夏は恐怖さえ感じた。
(千鶴のこんな顔はじめて見る…)
「な…何に?」
「私はあなたを避けていたんです。」
「…!」
「私は千夏先輩、あなたが嫌いです。」
「そんな…」
「…やっぱり気付いていなかったんですか。鈍感ですねぇ。」
千鶴の声は顔つきのせいか、ナイフのように鋭く感じられた。
「な…なんで…」
震える声をおさえることは叶わず、それにつられるように目に涙がにじんでくる。
「何故?気持ち悪いんですよ。表情無くてロボットや機械仕掛けの人形みたいだし、その
くせ文句ばっかりで。おぞましい…。」
(千鶴…)
「何処が悪いの?何処を直せばいいの?」
千夏はすがるように言葉を紡いだ。だが千夏の言葉が糸なら千鶴の言葉は容赦することな
ど知らぬ鋭利な刃物だった。
「どうしようもないですね。顔を見るのもイヤなんです。」
「…分かった。これからは…必要なこと以外は話さないよ…」
(千鶴…千鶴…)
…そう言うことしか千夏には出来なかった。
「じゃ、そういうことで。」  千鶴はやはり楽器をすぐに片付け帰っていった。
(そんな…顔なんて私にはどうしようもできないじゃない…)
千夏は途方にくれた。まだ帰っていない部員が2、3人になっていっても千夏は動くこと
が出来なかった。
「千夏、そろそろ帰ったら?」
普段あまり会話を持つことが無い___千夏が話さないようになる前も___千夏と同学
年の杉山春子が千夏に言った。
「うん…。」
 かばんを持って廊下に出る。そんな千夏の行動がのろのろとしたものに見えたのか春子
は千夏に言葉をぶつけてきた。
「いいかげんにしなよ!千鶴ちゃんの気持ちだって考えな。」
春子の言葉が届いているのかいないのか、千夏は依然として絶望に包まれていた。
 


 プルルルルっ…プルルルルっ…
 電話の音が響いた。千夏は耳をふさいで座り込んでいる。電話についたディスプレイに
は"非通知"の文字が光っていた。電話は鳴り続け、しばらくすると留守番電話へと切り
替わった。
ガチャ…プー…プー…プー…
電子音が響き"ブツッ"という音と共にディスプレイ表示は時計に切り替わった。千夏は
耳をふさいでいた手をはなし、知らぬ間に瞳に光っていた生ぬるい液体をぬぐった。安堵
のため息と共に顔をあげる。
 しかしその安堵はすぐに裏切られた。再び電話の呼びだし音が千夏の耳を襲う。千夏の
目には"非通知"の文字がとびこんできた。ほんの何秒か前には立っていた足が、急に力
を無くしたかのように千夏を座らせた。ぬぐったばかりの瞳から暖かい水が止めることを
知らぬかのように流れ、頬をつたう___。

期末テストが1週間後に迫っていた。あの千鶴の告白のあと、幸いにも部活はテスト休み
へと入った。テスト前に焦るのは千夏も同じで、その日はたまたま千夏以外は家にいなか
った。外に出たくないのもあった。時計は8時を廻っていたが母親たちはまだ帰ってこな
かった。千夏は水を飲むためリビングに向かった。
 リビングに入ると電話が鳴った。ディスプレイ表示には"非通知"の文字。
(あれ?誰だろう…)
たしか職業柄非通知でかけてくる人が母の知り合いにいたはずである。母はまだ帰ってこ
ない。伝えなければ…。千夏は受話器を上げた。
「はい。卯川です。」
「………」
受話器の向こうは沈黙の世界だった。
「…?もしもし?」
千夏は問い掛けるが返事を返すどころか、言葉を発する気配すらなかった。
「あの…どなたですか…?」
(誰?何?怖い……!)
ガチャ…プー…プー…プー…
2、3分後に突然受話器は会話にならない会話の終わりを告げた。
(…何?)
電話の音がまた鳴り響いた。ディスプレイには"非通知"の文字が輝く。まるで鼓動の音
をあおるかのように呼び出し音はなり続ける。千夏は耳をふさぎ座り込んだ。
(やめて…!何?何なの?)
頭痛がしてくる。ふさいだ耳に電子音がこだまする。
 "非通知"の電話は30分にわたって続いた。その後の母からの電話に安堵しながらも
戸惑い受話器を上げた。
「千夏?今から帰るけど何かほしいものとか…」
母の言葉が終わらないうちに受話器にとりすがった。
「要らないよ!何も要らないから早く帰ってきて!!」

 記憶障害・対人恐怖症・信じていた人の裏切り・電話の恐怖…それらは千夏を引きこも
りがちにするのには十分過ぎる理由だった。家族の前でこそ気丈にふるまったが無理はす
ぐに出た。ある日の帰り道、それは起こった。

 こつ…こつ…
(え…?)
足音が聞こえた気がして千夏は後ろを振り返った。誰もいない。
(…気のせいか)
また歩きだす。こつ…こつ…
また足音。振り返る。誰もいない…!今度は早足で歩きだした。
『こつ…こつ…こつ…』
いつしか早足は緩やかな走りへと変わり、ついには全力のダッシュへと移行した。走って
いる自分の足音と呼応して脈拍が上がる。それとは関係ないように歩いているかに聞こえ
る足音が大きくなる。
(イヤだ!イヤだ!!…もう死んでしまいたい…!)

 千夏はそのまま車道へと飛びだした___。

 ある日のある時間のある横断歩道にて___ 。


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