6:引退

引退




「___××中学校…銀賞!シルバーです!」

 千夏たちは去年もそうしたように溜め息をついて拍手をステージに送った。美由は悔しいのか、顔をうずめて泣きだした。

(ことしも駄目だった…か。)

千夏はがっかりしたものの、後悔の念は無かった。ステージの上でもいつもどおりの演奏 が出来たのだ。それだけで充分だった。目から涙が出ることは無かった。

 "あの日"から1年。未だに中1以前の記憶はぼんやりとしている。左手もつかまれる と辛いし、人と目を合わせるのが怖いこともある。けれど"死"を考えることはなくなっ た。

 左手を眺める。うっすらと線がかかれている。

(傷…少し残っちゃったな…)

千夏はコンクールを最後に引退である。これからは千鶴や美月や綾音たちの代だ。

「ちなぁ…今日のちなの音すんごいよかったのに…」

「何言ってるん!里香ちゃんのラッパソロもすごくよかったよ!」

 千夏と里香は大の仲良し、大親友になった。お互いに好きな曲を聴きあい、家への下校 時には冗談を笑いあった。とにかく音楽の好きな二人だ。気も合ったし、会話も弾んだ。

「ねぇ…ちなは高校入っても楽器続ける?」

コンクール会場から学校へ戻るバスの中で里香が聞いてきた。

「うん!もちろん。里香ちゃんは?」

「ちょっと迷ってるんだ…」

「そっか…でも部活には入らなくても音楽は続けてほしいなぁ…」

「分かった。約束するよ。」

「えへへ…ありがと。」

高校の吹奏楽についても色々と話した。

(…里香ちゃんとも離れてしまう…この中学から○○高校へ行くのは私ひとりだろうな …)

「千夏先輩。」
 学校についてバスから降りると千鶴が話しかけて来た。千鶴とは必要なこと以外でも話 せるようになっていたものの、千鶴から話しかけてきたのは初めてかも知れない。

「何?」

「…」

話しかけてきたくせに千鶴は黙っていた。

(?)

「あの…。」

「だから、何?」

(あ…今の言い方はきつかったかな…)

千夏が自分の言った言葉に後悔をした、次の瞬間だった。

「その…コンクール、お疲れ様でした!」

「!」

「そ…それだけなんですけど!」

千鶴はバツが悪そうにそっぽを向いた。千夏は顔が自然と緩むのを感じた。

「千鶴、ありがとう。千鶴もご苦労様!来年こそは『金賞、ゴールドです!』って言われ るようにがんばってね!」

千鶴は次期副部長でもあった。きっと千鶴ならやってのけるだろう。

「…はい。頑張ります!」

(千鶴…ありがとう…)


 楽器の片付けが終わると毎年恒例の『引退プレンゼント』の交換会が始まった。先輩後 輩・学年関係なしに『今までありがとう』の気持ちをこめてプレゼントを配り歩くのだ。

「千夏先輩!ご苦労様でした!」

「高校へ行っても頑張ってください!」

「千夏先輩…引退なんてしないでください…」

泣きだしてしまった後輩もいた。

(気付いていなかったんだな…私用のことを慕ってくれていた子が少なからずいたことに …もっと早く気付けばよかった。)

友に『そんな無理なこと言わないの!』とどやされながら連れて行かれた後輩を見てそん なことを考える。ついもらい泣きしそうになるのは千夏の性分でもあった。

 千夏のかばんはすぐにいっぱいになった。

「そろそろ鍵閉めますよー。」

顧問の先生の声。この先生、怒ってもいまいち迫力が無い。背は高く、言葉も男の人のそ れなのだが…。

「はーい。」

返事をしながらもまだまだ残る気らしい。今日だけは先生も無理に出そうとはしないだろ う。千夏だけが廊下へそっと出た。空には月が浮かんでいた。闇が廊下を包んでいたが、 千夏の心は明るかった。一つのことをやり遂げた充実感が残っている。

「千夏先輩。」

誰かに呼ばれた。空耳ではないらしい。後ろを振り向くと美月が立っていた。美月は千鶴 と喧嘩をし、学年の中でも部活の中でもあまりよく思われていなかった。

「美月ちゃん?どうしたの?」

「ご苦労様でした。」

たったそれだけの言葉と共に差し出されたのは、プレゼントらしき包みと手紙だった。い つも通りのぶっきらぼうな態度だ。

「ありがとう。頑張ってね。」

千夏もそれだけを言葉にして受け取った。また歩き出そうとする。>

「私たちのこと、高校に行っても忘れないでくださいね。」

(!)

美月の声はすこし震えていた。泣き顔を見られたくは無いだろう。千夏は黙って歩き続け た___。


 家に帰ってたくさんのプレゼントとそれについていた手紙、それだけでわたされた手紙 を全て読んだ。美月の手紙には『最初のころはあんなによくしてもらっていたのに、あん な態度をとってしまってすいませんでした。』と記してあった。やはりそれだけだった。

(きっと美月ちゃんにとってこれが精一杯の感謝と謝罪の言葉、そして餞の言葉なのかも しれない…。)

偶然にも最後にあけた手紙はいつもこのところ千鶴と一緒にいた、次期部長の綾音だった。 可愛いシールをやぶらないようにそっとはずす。

「…?」

中に入っていたのは2枚の便箋だった。1枚は封筒と同じ柄だが、もう1枚は明らかに違 う種類のものである。封筒と同じ柄の便箋は当初の予想どおり、綾音からの手紙だった。 高校へ行っても頑張ってほしいこと。ずっと応援しているということ___。他の子の手 紙と大差が無いことを書いてある。

 もう1枚の手紙をそっと開く。

「あ…」

思わず声をあげる。

 見慣れた文字。下の方には"秋草千鶴"という文字があった。

___千夏先パイへ。

   まずは引退おめでとうございます。

   そして今までありがとうございました。

   去年の今頃、千夏先パイは辛い事件に巻き込まれてしまい、
   人が変わってしまったようでした。

   そんな先パイは見てていらいらしました。

   そんな先パイは嫌いでした。

   嫌いだからわざと困らせてやろうと思って、あんなことを言いました。

   けれど、千夏先パイは少しづつ、明るくなっていって、

   正直、なんだか悔しかったです。

   そのぐらい夢中になれるものがあるなんて、うらやましいと思います。

   先パイが何に夢中になったのかは分かりません。

   いまの先パイは好きとは言えません。嫌いでもないです。

   でも、尊敬しています。

   ご苦労様でした。これからも頑張ってください。

                          FROM 秋草千鶴___

(千鶴…素直じゃないなぁ…)

千夏の顔には笑みが浮かんでいた___。



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