転;願い

転;願い





璃空と遊ぶようになって何週間かが経過していた。

私は今日もいつものように私のソラに来た。

するといつもとは違うことが起きていた。

湖のほとりで少年が倒れていたのだ。

「…璃空?!

どうしたの?!」

少年の体は熱かった。

人間では熱すぎるほどだった。

「璃空!しっかりして!」

私は少年を抱えて空へと飛んだ。

人間の街へ向かって――



「なんてことをしたんだ!」

怒声と共に殴られた。

私は訳が分からなかった。

璃空は衰弱していた。

その理由は分からなかった。

「お前はもう人間界へ行くな。

仕事も駄目だ。

お前は悪魔と人間のバランスを崩したんだ…」

お父さんはそこで一呼吸をおいた。

私は何故か恐怖を感じていた。

「悪魔と人間が、決して相容れない理由。

それは悪魔が人間の命を削るからだ」



私は泣いた。

ベッドに俯せて、とにかく泣いた。

泣き疲れたころ、誰かが部屋をノックした。

「…ルカ」

ドアの向こうにはお姉ちゃんがいた。

「お姉ちゃん…!」

私はお姉ちゃんに抱き付いていた。

止まっていたはずの涙がまた溢れる。

「私…私が璃空を…」

私はお姉ちゃんを見上げた。

「どうすればいい?

どうすれば璃空を助けられるの?」

「…あの人の子を救う方法は二つ。

一つはもう二度と会わないこと。

そしてもう一つは…人間になることだ」

私は目を見開いた。

人間になる。

そんなことが可能だったなんて。

「教えて!

璃空に会えなくなるなんて嫌!」

「…もう悪魔には戻れないんだよ?」

お姉ちゃんは悲しげな瞳をした。

「それでもいい…!

璃空のことが好きなの…!」

お姉ちゃんはしばらく私の目を見つめていた。

やがてぽつりとつぶやいた。

「ルカなら…見つかるかも知れないね。

…いいかい?」

お姉ちゃんは諭すように話し始めた。



どこ?どこなの?

私は人間界を飛び回っていた。

――この人間界のどこかにある湖。

その湖に飛び込むと人間になれる。――

お姉ちゃんはそう言って俯いた。

そしてこう語ってくれた。

――私も昔ルカと同じことをしてしまったんだ。

湖を探し回って、見つからなくて…

結局その人と別れる道を選んだ。

だけどお前なら…見つかるかも知れない。

いいかい、その湖は鏡のように綺麗でいつも青空が映る。
そこから名前が付いたそうだ。

その湖の名は――

鏡の泉…どこにあるの…?



鏡の泉はなかなか見つからなかった。

もうかれこれ一週間になる。

家にも帰っていない。

悪魔の世界からはお姉ちゃんがそっと出してくれた。

私は外へ出るのを禁じられていた。

今ごろはきっと私がいないことにみなが探し回っていることだろう。

昼には空から湖を探す。

それらしきものがあれば夕方まで待つ。

鏡の泉は夜でも青空を映すという。

しかしどの湖も夕方には赤くなった。

一週間飛び続けていると翼が痛み始めた。

羽根もよく抜けた。

私が座ったあとには黒い羽根がかならず一本は落ちていた。

それは私がまだ悪魔だということを実感させた。

けれど私は飛び続けた。

鏡の泉を探して。

人間になることを夢見て。



祈りは空しく一か月が過ぎた。

ある日私はとうとう力尽きた。

すぐ下の湖のほとりに落ちた。

顔を上げて見覚えのある風景に気がついた。

皮肉にもそこはいつもの湖だった。

湖には私の空が映っていた。

私は湖を覗き込んだ。

黒い翼を持った少女が映る。

――綺麗だよ。

夜の色だよ――

水面に涙が落ちた。

黒い翼の少女が消えた。



私はしょせん悪魔の子。

ここにいるだけで罪で。

人間になることなんか無理で…。



顔を上げて湖を見る。

私のソラは涙模様だった。

私は立ち上がって黒い翼を折り畳んだ。



「璃空…。

ごめんね。

私と出会わなければよかったのにね…。

でも、もうサヨナラだから…」



そう私は青空に向かって呟いた。

まるでそこに璃空がいるかのように。

私は湖に身を投げた。

…そういえば、璃空の熱は下がったんだろうか…

私の視界は暗く染まっていった。



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