優が死んだ日

優が死んだ日




 月日が流れ、俺が"ユーレイ"となって一ヶ月がたとうとしていた。俺が今座っているロ ッカーから黒板の『12月16日』という文字が見えた。俺は一つの決意を胸にしていた。
(絶対にあんなことにはさせない)
12月17日、つまりは明日。それが優の最後の姿を見た日だった。俺が"ユーレイ"になる 前の世界での___。

 俺は12月のその日、優とちょっとした喧嘩をした。くだらないことだった。俺が出し たマラソンのタイムに俺が文句を言っていたら、優が『走れるだけいいじゃない』とけな したように言ったことからだった。
「そういえば優は何で走らないんだよ?」
「走らないんじゃなくて、走れないの。そういうサボってるみたいな言い方止めてよ」
優がこんな強い言い方をしたのは初めてだった。俺もつい口調を荒げた。
「少しずつでも訓練したことあるのかよ?ひょっとしたら走れるようになるかもしれない だろ?」
「…ヒロくんには走れない辛さが分からないからそんなことが言えるんだ!」 
「優は走れないんじゃない。逃げてるだけだ!」
 そのひとことで優は黙った。その瞳に涙が浮かんでいるのを見たとき、内心が痛んだ。
「ヒロくんの馬鹿!イジワル!もう知らないんだからぁっ!」
優は泣きながら駆けていった。それが12月16日の帰りのことだった。
 12月17日、俺はいつもの待ち合わせの時間に、あの公園に行かなかった。気まずいの もあった。何より俺も間違ったことを言っていないという変な確信があった。優の怒りの 理由がわからなかった。つまりは俺も怒っていたのだ。学校でも目を合わせないようにし ていた。それでも気になったのは、やはりあの涙からだろうか。俺は六時ごろ家を抜け出 しいつもの公園に向かった。そこには服を赤く染めた少女が倒れていた。
 薔薇のように赤かった。
 夕日のように紅かった。
 赤くて、紅くて、冷たい色だった。
 警察の発表では五時半ごろ、不審人物が目撃されていて、通り魔事件だと言われた。
(たったの三十分。三十分早く俺がおもい直していれば、優は死ななかった。三十分早く 公園についていれば優は助かっていた。そもそも口火も俺だった。俺のせいだ。俺は人を 殺したも同じだ。それも愛する人を___)
 三日三晩俺は泣き続けた。涙がかれたその日、俺は自殺を考えた。俺は俺を責めていた。 最初はそれでもまだ生きて罪を償い続けるべきだと思った。しかし死んだら優に会えるか もしれない。そう思った。それが12月20日のことだった。
(もう二度と…見たくない)
 真っ赤に染まった優の姿は今も脳裏にある。クラスのざわめきの中で俺は目をつぶって その光景を思い出した。“俺”は帰る準備をしている。優は清掃用具を持って教室の端へ と向かう。それぞれこの後に起こる喧嘩を予想するなんて出来るだろうか。そうしている 内に“俺”は教室を去っていった。俺も公園へと向かい壁を通り抜けた。

「今日マラソンタイム下げた。」
「そう…残念だったね」
 少女と“俺”が会話をしている。俺はひたすらに祈っていた。どうにかして“俺”を止 めたい。
(頼む、“俺”。俺が消えてもいい。頼むから言わないでくれ…)
「あと五秒で評定一つ分上がるのに」
(止めろ!)
「ヒロくんは…走れるだけいいんじゃない?」
(優…)
「そういえば優は何で走らないんだよ?」
「走らないんじゃなくて、走れないの。そういうサボってるみたいな言い方止めてよ」
「少しずつでも訓練したことあるのかよ?ひょっとしたら走れるようになるかもしれない だろ?」
(止めてくれ!頼む!止めろ…!)
「…ヒロくんには走れない辛さが分からないからそんなことが言えるんだ!」 
「優は…」
(止めろ…!)
 俺は“俺”の口を塞ごうと思わず空気を裂いていた。願いは空しく俺の手は“俺”の顔 を通り抜け空を切った。俺は“俺”の前へ…つまり“俺”と向き合っていた優の前へ踊り 出た。
「優は走れないんじゃない。逃げてるだけだ!」
背後から声が降ってくる。
(もう…駄目なのか?これは運命なのか…?)
顔を上げると少女の瞳から涙がこぼれ落ちるところだった。
「ヒロくんの馬鹿…イジワル…もう知らないんだからぁっ!」
少女は駆けていった。長く垂らしたポニーテールが揺れていた。
 俺はその場に座り込んだ。“俺”は少女の走り去った方をぼんやりと眺めている。やが て冷たい風が吹き始め、“俺”は家へと向かったが、俺は優の家へと飛んだ。
  優の家へとはいってみると前入ったときと同じく静かな空気が流れていた。少女は自 室に果たして居た。ベッドへと倒れこみ、泣き疲れたのかそのままの体勢で眠っていた。 机も部屋も前は入ったときのまま模様も替わっていない。ただ、机の上の通学カバンから 教科書やノートが雪崩を起こしていた。
(ごめんな…優)
少女のポニーテールをなでようと手を伸ばす。やはり通り抜けてしまう。
「優美花?帰っているの?」
優の母親と思われる女性の声。俺は少女の部屋を後にすることにした。部屋を出るときに 机の上に紛れている日記が目に付いた。何かをこぼしてしまったのか赤黒い染みが端につ いていた。
 
 俺はその夜を優の家の屋根で過ごした。つきは満月。見つめていると落ち着かない気分 にさせられる。
(明日…明日が最後のチャンス…絶対に変えてやる。運命だろうとなんだろうと)
優の部屋から咳きをする音が聞こえた。
(優を失いたくない…)

 『12月17日』。やはり“俺”は優と目も合わせようとせず、授業中もずっと机にうつ伏 せて居眠りをしている。優は目を赤くしていたが普通に振舞っていた。いつもの笑顔を作 り続けている。
(どうすればいい?どうすればあの事態を避けることが出来るのだろう?)
俺は一日中教室の後ろに漂って、考えた。これといって良い考えは浮かばず時間だけが流 れていった。一瞬優が“俺”のほうを見ていたのに気付いた。すぐに顔を下げたが泣きそ うな顔であることは間違いなかった。
 気付くと“俺”の姿がなかった。俺は焦った。彼はきっと今頃“俺”の家への近道を歩 いているだろう。優はまだ居た。ロッカーの前で箒を片付けている。俺は優の後ろへ飛ん だ。
(優!すぐに帰れ!お願いだ…でないと)
優は教室を出て行った。俺はその後を追う。
(でないと!優は死んでしまうんだ!殺されてしまうんだ…!)
 優はいつもの公園へと歩いた。ポニーテールがいつもよりせわしく揺れている。公園に “俺”の姿は無い…。
 少女は悲しそうな顔をしてベンチに腰掛ける。
「…そうだよね。私が嫌われるようなことしたんだから…」
(優…お願いだ!帰ってくれ…)
ただ時間が過ぎていった。もう少女は一時間はベンチに座っている。
「…寒い…」
 少女はつぶやきながら自身の腕をさすった。公園の時計は四時五十分。空は赤くなり始 めていた。“俺”は現れない。俺は優の前で優に呼びかけ続けた。届くはずの無い声で…。
(優!俺が悪かったんだ…俺は優を愛している!失いたくないんだ…?)
「ごめんね…」
少女の口から白い息と共に言葉が漏れた。
「ヒロくん…ごめんね」
 俺は公園を飛び出し風に乗った。少女の瞳からあふれる涙をぬぐえぬ苦しみを感じなが ら――。
 “俺”は昨日優がそうしていたようにベッドに潜り込んでいた。顔だけを出したその姿 は亀のようだった。
(おい!起きろ!優の所に行くんだよ!!)
声は届くはずも無い。俺は“ユーレイ”なんだから。俺の脳裏に優の顔が浮かぶ。
 いつもの笑顔。
 少し膨れた顔。
 涙を流す悲哀の顔。
 無理をして作った笑顔。
 すべてを悟っているかのような穏やかな顔。
 そして――赤く染まったまるで眠っているかのような顔――。
(優!誰か優を助けてくれ!誰でもいい!神様でも仏様でも仙人様でも悪魔でも諸悪の根 源でもいい!俺がこのまま地獄に落ちたってかまわない!誰でもいいから…)
 真っ赤に染まった優の姿――。
(優を助けてくれぇぇぇ!!)

 そこには一陣の風が吹いていた。



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